Vol.2 ウォータレスリトグラフとトリプル・ローラー

ウォータレスリトグラフ

−「先生の作品は近年はずっとウォータレスリトグラフですね。これもまた新しい技法の一つです。」

星野「リトグラフに関して言えば従来の所謂リトグラフだと「版」の保存がとてもデリケートで難しいから、先ほど言ったような注文があったら、その都度刷るというのは難しいのね。版が壊れやすいから。本質的にリトグラフはあとからの摺り増しに向いていないの。」

-「若手に優しくない技法ですね(笑)」

星野「そうね、設備も必要ですからね。でもウォータレスリトグラフという新しい技法が出来てからは版の保存がとても楽になったのよ。」

版

−「ウォータレスリトグラフというのは結局従来のリトグラフに比べてどういうメリット・デメリットがあるのでしょうか?」

星野「まず、版の保存が楽になったというのは非常に大きなメリットね。あとから刷り増す事もできるというか、一度に30枚全てを刷るということをしないでよくなりました。画面の上での最大の特徴は中間の調子が潰れないことですね。私の場合は従来のリトグラフよりグレートーンが綺麗にでるのよ。あとは溶剤を使わないこと。使う溶剤は少量のアセトンとシリコンを薄めるペイントうすめ液だけで技法が非常にシンプルです。」

−「反対にデメリットというのは?」

星野「製版したあとは版に描き足す事ができないの。スクラッチで白く抜くことはできるけど、黒を加筆することは出来ない。でもどうしても描き足したい時は、版を増やせば対応出来るわけです。製版する前に少し間を置いて考えるようにしています。」

−「日本のウォータレスリトグラフの第一人者である星野先生はそもそもウォータレスリトグラフとはどうして出会ったのですか?」

星野「ほんとうに偶々なの。芸大の研究室でプリントメイキング トゥデイというイギリスの版画の季刊誌を読んでいた時に、掲載があって興味をもったのがそもそもの始まり。カナダに住むロシア系カナダ人のニック・スメノフ氏(以下ニック)という人が手描きのウォータレスリトグラフを考案された方なのね。ニックが書いた記事を見ながら制作をするわけだけど、季刊誌だから3ヶ月に一度しか来ないし、そもそも版画の雑誌であって、ウォータレスリトグラフの専門書じゃないから全部が一度に書いてあるわけでもないのよ。それで何度も失敗しながら挑戦と研究を繰り返してね、でも結局芸大で自分でやった時にはうまくいかなかった。」

シリコン

−「ただでさえ複雑なリトグラフ、その新技法を英語で読解しながら修得するというのはなんだか緒方洪庵の適塾の学生みたいですね。」

星野「そんな大げさなものじゃないけど、それだけがたよりだったのよ。その時丁度、シカゴのWalsh Galleryという画廊で個展の機会があってね、同じ時期にカナダのサスカチュワン大学でニックがウォータレスリトグラフの講習をやることを知ったの。」

−「なるほど、その機会にウォータレスリトグラフをマスターしたわけですね。」

星野「もともとリトグラフをやっていたし、さっきも言ったように、自分でウォータレスリトグラフを実験してみていたからすんなり受け入れられたのよ。でもあとで知るのだけど、日本のリトグラフの刷り師にはなかなかウォータレスリトグラフが受け入れられない人もいるみたいね。長年の習慣と経験だから仕方ないのでしょう。私はウォータレスリトグラフが性に合ったのでしょう。2004年から作品は全てウォータレスになりました。」

−「なるほど、マスターしているがゆえに新しいものを受け入れられない…リトグラフだけなく、いろんなものに当てはまりそうな教訓ですね。」

星野先生のひみつ道具

トリプル・ローラー

−「先生が版画を制作される上で特殊な機械や道具は使っていますか?先生しか使っていないような。」

星野「技法的には多少はありますけど、こちらのローラーの方が面白いんじゃないかしら?これもニック氏が考案したものでトリプルローラーといいます。」

−「普通のローラーとどう違うのですか?」

星野「ウオータレス技法では、シリコンにインクが付かないようにローラーの回転を速くする必要があるので、硬めの細いローラーを使います。 トリプル・ローラーも、ローラーの太さやゴム質は全く同じです。唯、細いローラーだと、1回転ですぐにインクにが切れて、広い画面にむらなくインクを盛るのが難しいですね。それで<上に載っている金属ローラーが下の2本のローラーのインクを絶えず均すように転がる>ことによって、広い面積にむらなくインクを盛れるよう工夫したのが、この3本ローラーです。リトはシルクと違ってベタ刷りが難しいですが、このローラーを使うとベタ刷りが楽に出来ます。 私は更にひと工夫加えて使用しています。ニックから買って来た彼の手製のものは、上のローラーがスチール製で重かったので、全く同じサイズのアルミ製ローラーに取り変えて使っているのです。身体の小さい私には西洋人のような力はありません。 アルミにするとコストは少し上がりますが、軽くなるだけでなく、サビ防止にもなります。つまりウォータレス以外の普通のリトグラフにもこのローラーでインク盛りをすれば、普通のリトでもべたが楽に盛れるはずです。」

−「なるほど、それはリトグラフの作家はあると便利そうですね。日本でも購入刷ることは出来るのですか?」

星野「ええ、中島革ゴムローラーで販売しています。」

中島革ゴム・ローラー製作所 http://www.nakajima-roller.jp/