インタビュー/版画の海へ漕ぎ出した自家製プレス機(前編)

(2014年4月17日 埼玉県ふじみ野市 中林先生宅にて)

版画の海へ漕ぎ出した自家製プレス機
アトリエ

−「本日は宜しくお願い致します。」

中林「はい、よろしくお願いします。」

−「制作はすべてこちらでされるのですか?」

中林「小さいサイズのものはこちらで行い、大きなサイズの作品は蓼科のアトリエで刷ります。あちらには大きなプレス機もあります。あ、版を作る仕事は全部こちらでします。」

−「ああ、いつか是非蓼科の方も見学させて下さい。」

中林「夏に来れば流しそうめんをごちそうしますよ。」

プレス機

【先生のプレス機をみて】

−「私は中国で版画用品の販売もしているのですが、このプレス機は初めて見ました。」

中林「そうでしょう。このプレス機は自分たちで設計して作ったものです。」

−「おぉ、となると世界で1台だけのオリジナルプレス機ですか?」

中林「一台だけということはないですよ。50台くらいは出ているのじゃないかな。」

−「自分たちとは?」

中林「ここを見て下さい。N・K・Sとあるでしょう?これは中林・駒井・仙北屋のイニシャルです。私と駒井先生が仕様を考えて、当時大学院に在籍していた仙北屋くんが鉄工所に分かるように図面に書き起こす仕事をしてくれました。その彼ももう小学校の教諭を退職しています。」

BEACON

−「なるほど、このBEACONというのは?」

中林「BEACON(ビーコン)というのは航路標識や灯台のような意味ですね。」

−「はい」

中林「一般的には光や電波などを発する固定された装置で、航路の正しい進行をうながすものですが、それにぼくは自分たちが作るプレス機を見立てたわけです。」

−「なるほど、ハンドルは舵ですね。」

中林「そういうことです。刷ってみてまちがった方向に進んでいないか、とね」

扉

−「小さい作品の腐食はこちらで行っているのですか?」

中林「腐蝕はすべてこのアトリエです、大きなものも。お見せしましょう。」

そういって案内頂いたのは、アトリエに隣接している細長い小部屋だ。腐食室の扉には「Unknown Voyage」と印字されている。

−「Unknown Voyage (未知なる航海)とは?」

中林「腐食は難しいのです。ぼくでも腐食前にその状態を完全に把握できるわけじゃない。版や液の状態、その時の気温の状況などいろんな要素が関係してくる。それがまるで未知なる酸の海へ版という船で漕ぎ出すようだなと思ったわけです。」

【腐食室の説明をする先生】

−「換気などには気をつけていますか?」

中林「若いころ自分の身体をやってしまっていますからね*換気扇の配置などは特に考えてありますよ。ぼくのような事になってはいけないと、腐植室の換気と化学薬品の危険と安全性といった問題を提唱して、今では日本の施設ではあの当時、僕が使っていた危険な希硝酸から大部分は第二塩化鉄腐蝕液に変わりました。」

価格について

[作品価格は三十年間値上げせず]

−「先生の作品の価格について教えて下さい。確かこの位のサイズで8万円くらいですか?」

中林「そうですね、画廊ではそのくらいでやってもらっています。」

−「この価格はどうやって決めたのでしょうか?先生ご自身で決めたのですか?」

中林「ぼく一人で価格を決めたことはないな。いつも画廊と相談しながら決めるのです。30年ぐらい前に。」

−「!!! では、30年間価格の変更はない?」

中林「そうですね、いや少しは上げているのじゃないかな。」

−「バブルや物価の上昇など様々なことがありましたが価格の変化は少しですか?そうなると物価の上昇に伴い相対的に価値が下がっていることになりませんか?」

中林「ははは、そうかもしれません。そういうふうに考えた事はありませんでした。しかし、そもそも作家が作品の価格について色々口出しするのをぼくは好ましいと思っていませんし、それは画廊主や専門家の仕事だと思っています。また、価格は作家自身が十分だと思う価格で良いのではないでしょうか?」

−「若い作家の意見として、先生のような立場もあり業界のリーダー的存在の作家の作品価格が安いため、若手、中堅の作家がそれ以上の価格をつけにくいという話も聞いたことがあります。」

中林「確かにそういうことはあるかもしれませんね。しかしぼくは版画とはそもそも庶民に近い藝術だと考えているので、まず版画は安価であるべきだ、その上で価格をあげるというよりエディションを増やして対応すべきだと思います。それが版画らしさでもあるわけですから。」

エディションノート

[エディションノートはアナログ]

そういって、作品の記録帳を見せて頂いた。記録ノートは、何冊にもわたる。何度も開いても耐えられる様に近年のは全てリングノートだ。中身は、まず作品がわかるようにイメージが描かれている。内容は、丁寧な細かい文字で、作品データの他このエディションはどこの美術館に寄贈した、これはXX画廊からコレクションされたなど書かれている

中林「今だったらパソコンとかでやったらキレイに出来るんだろうけどね。」

−「いえ、パソコンも何がおこるかわからないのでアナログの手段が最高だと思います。」

中林「このノートは駒井先生からエディションノートを作るようにと言われて作ったものです。ぼくは真に受けて最初から作ったからよかったけど、駒井先生は作ってなかった…」

会報誌『済生』

−「え!?」

中林「うん、作り方は教えてくれたんだけど、ご本人は作ってなかったんですね。最初から作らないとむずかしいんですよ。だから、先生のはエディションの分母が違うのとか、同じ番号の作品があとから出てきちゃって皆困った(笑)」

−「先生が続けておられるその他の仕事として、済生会の会報誌『済生』の表紙のお仕事がありますね。」

中林「そうですね、今年の6月で50年になります。」

−「どういうきっかけでその仕事をお引き受けされたのでしょうか?」

中林「最初はまだ学生の頃で、代打としてやったのがはじめでした。いわゆる学生のアルバイトです。」

紙のストック

−「ずっとモノタイプの作品を使って表紙を飾られていたのですか?」

中林「いえ、最初はペインティングやクロッキーなどいろんなことを試しました。ある時から版画に落ち着くわけですが。」

−「版はこの為に作られるんですか?それとも過去にあった作品でエディションが終わったものを再利用して?」

中林「部分的に再利用している作品もあります、しかしこのために作る方が多いですね。ふだんの銅版画では出来ないことにチャレンジしながら、素材や色彩を楽しみながらやっています。」

様々な紙が保管されている。
モノタイプにはこういう紙のストックがモノをいう。